Mary Ellen Copeland

リカバリーのストーリーを伝える

 

あなたの苦しみは、誰かを助けるために使えば、意味や目的のあるものとなります

by Ken Braiterman

(訳:高村なをみ) 

 “私が自分のことほどによく知っている人が他にいるなら、私は自分のことをそれほど語るべきではない”ヘンリーデビッド ソロー

もしあなたのリカバリーのストーリーが、たった一人の人に届いたら、成功です。その人は、精神的な病いを持つ人たち(その人の愛する人や自分自身、その人が関わっているサービス利用者かもしれません)を違った眼でみるようになるでしょう。とても不利な状況にも拘わらず大きな障害を乗り越えた当の本人に会ったことで、一層の希望を持つことでしょう。人々はそのような話を聴いたり、そのような人に会いたいと思っています。

成功をこのように定義すれば、99パーセント以上成功します。あなたの経験は誰かを助け、あなたの苦しみは意味を持つことになるのです。人々はあなたを“勇気がある”と言うでしょう。

あなたのストーリーを話すときには、深呼吸をして、相手の眼を見て、あなたの説得力のある真実を、知っているまま、あなたに起こったままに、心から話してください。誰もが話を聴きやすいように留意して、必要なら、マイクを使ってください。

何を、誰に、なぜ話しているのかということだけ考えること。ジェスチャーとか、姿勢とか、声のトーンとかを気にしないで。何回か話しをしたあとで、それらを直したほうがいいというフィードバックをもらったら、そうすればいいのです。ゴルフのスィングを直すほうがずっと難しいことです。

グループに話すのは誰にとっても容易なことではありません。精神的な病気を持っているいないにかかわらず。慣れていくと、あなたのメッセージはとても力強くて、その人たちは話を聴きたがっていることがわかってきます。それでもいつもナーバスになったり、心の準備が必要だったりすることでしょう。

ここであなたが人前で話す際の手助けに、考えておくべき事柄をいくつか挙げておきます。

1. “あがる”こと

誰でも、あがります。ですから神経質になることを気にしないこと。聴き手の前でとてもリラックスして自然な感じに見える話し手も、ナーバスな不安を創造的なエネルギーに転換することを練習したり、学習したりしているのです。もし、あがることを恐れて人前で話すことを思いとどまっているなら、それは実はどういうことなのか考え、そのネガティブな考えに立ち向かいましょう。

ナーバスになるのは恥ずべきことではありません。話し慣れていないからとか、こういうことについて話すのはなかなか難しいのでナーバスになっている、と言ってもいっこうに構わないのです。そういう正直さは聴衆を味方につけます。でも謝らないこと。くどくど話すのも駄目です。皆あなたがナーバスであることは受け容れてくれるでしょう。でも、その人たちは、それが知りたくて来た訳ではありません。

あがるのは多分、聴き手があなたを受け容れないのではとか、上手に、気楽に、またはもっと真剣にやればいいのにと思っているのではないか、というような不安のせいかもしれません。あなたは多分、そういうことを人から言われたことがあったのでしょう。本当にやれないときにそんなことを言われたら、どんな感じなのかをそのグループに話してください。恥辱、無視、拒否、被害者を責めること等々は、リカバリーのストーリーの一部分です。

でもそういう拒否反応は、あなたが話しているときにはほとんど起きません。不利な状況にも拘わらず大きな障害を乗り越えようとがんばっている人を人々は尊敬するのです。オープンに正直に語ることで、あなたは彼らの眼に被害者ではなく、戦う人として映るのです。

もしあなたがリカバリーに向かって進み始めたばかり、あるいは、まだ道半ばであったり、困難や障害のなかにあるとしても、同じように肯定的な反応を受けるはずです。人は、勝利と同じくらいに勇敢な戦いに敬意を表します。ですから正直になりましょう。

あなたは、自分は充分にはわかっていないとか、専門的な知識がないとかを心配しているかもしれません。どの“専門家”も、あなたに実際に何が起こって、それをあなたがどう感じるのかを論じることはできません。あなたが、あなた自身の経験と感情についての専門家なのです。

自分のことを話したら、聴き手の前で自制できなくなったり、恥ずかしい思いをするのではないかと心配ですか?とても辛い思いを今でも引き起こすような事柄について話す必要はありません。話せることを話しましょう。それで十分です。

人前で自分のことを話すと、家族が困ったり、仕事や個人的な関係に支障がでたりするのではと心配していますか?公で人に向かって話したことについては何であれ、あなたの知り合いの人に知れるだろうということを前提にする必要があります。

いつ、何を、誰に対して、どのような状況で、精神的な困難を持つことについて明らかにするのかは、重要なそして極めて個人的な決断です。誰にもあなたの決断についてとやかくいう権利はないし、あれこれと強いたりすることもできません。あなたがそうすべきだと思うからというだけで、自分の快適な区域からあえて自分を押し出そうとしないでください。

以下は、その他のあがり症対応スキルです:

2. 構成、準備、時間調整

準備のために私が最初にするのは、私の期待を調節することです。もし、私の話が一人の人に届いたなら、時間切れの前に自分の主張を全部話せたなら、ばつの悪い思いを避けられたなら、成功だ。パーフェクトである必要はないし、すべての人に届かなくてよいのだと。

ズボンのファスナーが閉まっているか、髪をといたか、衣服が清潔かを確認します。身だしなみがちゃんとしていると、私のメッセージや聴衆や自分自身に敬意を払っていることになるのです。ファッションショーをやっているわけではありませんが、専門家とか教会関係の集まりで話す時は、上着を着てネクタイをします。学校ではカジュアルに、でも生徒のようにではなく先生らしくします。子供ではないのでおかしな格好はしません。当事者の集まりには、カジュアルで。でも、かつて私がそうだったように、年中メンタルヘルスセンターをうろついている人のようにではなく。もしTシャツを着るなら、素敵なデザインの明るいものにします。私はリカバリーのモデルであって、不幸のモデルではないのです。

話し手や聴き手にとって、準備のできていない話し手ほど困るものはありません。ですから前の晩まで待っていてはいけません。前の晩には、リラックスして何か別のことを考えましょう。前の晩には、ほんの2,3分だけ、あなたが話したいことを検討しなおすようにします。

二番目に困るのは、話し終える前に時間切れになってしまうことです。誰かに終わりの2分前に合図をしてもらい、話をまとめあげるようにしましょう。

私は、どの位の時間話すのか、どういう人たちに話すのか、どうして私に来て欲しかったのか、を考えることから準備を始めます。どの位の題目をカバーすべきなのかと考えるより、このように考え始めて、それからすべてにあてはめていく方が時間の節約になります。私はいつも、その集まりにどうして私を招いてくれるのかを尋ねます。そうすれば、私の目的だけでなく、彼らの目的を達成することができます。その集まりは、当事者ですか、家族ですか、専門家ですか、一般の人ですか、いろいろな人が混ざったものですか?

私は自分に三つの質問をして、リストを作ることから話を構成し始めます:その人たちに何を知ってもらいたいか?何を感じてもらいたいか?何をしてもらいたいか?トピックやアイディアのリストを作ります。スピーチを書くことはありません。トピックを順序良く並べていきます。

それをしながら、それぞれの演題にどの位の時間をあてるかを考えます。演題を順序良く並べておいて、自分の考えを深める、より発展的な記述をしたり、その演題にどの位時間が必要かを判断したりします。

時の流れはストーリーを構成する自然な手立てです。何が最初に来て、次に何が起きて、そのあと何が起きたのか? 私がよく使うもう一つの構成の手立ては、“役立つのは何か、傷つけるのは何か”です。私の人生や知人の逸話から得た、役に立つこと、傷つけることを描写します。専門家と家族は、よりよい援助者になる方法を知りたがっているため、こういう話を聞きたいようです。

ほとんどいつも、思いついたすべてのことは時間に収まらないので、いくつかの演題を捨てます。あなたが除外したものを惜しがる人はいません。大事なのは何を残すかです。カバーしたいポイントをつくとてもいいアイディアがあって、それぞれにどの位時間を割くかを考えるときは、プレゼンテーションで使うノートカードを作っておきます。

カードを使うのを気にすることはありません。それはあなたが事前に準備するために十分気を使ったことを聴衆に伝えるものです。カードは、演題を話す順番を思い出させてくれるし、ある一つの演題に多く時間を割いてしまうことを避ける助けになります。脱線を防いでくれます。アイコンタクトするのを助けてくれるのです。テキストを読んでいると、あなたと聴衆の間にバリアーができてしまいます。

しかし多くの話し手がカードを間違って使っています。もし、カードを読むために話をストップしなければならなかったり、あるいは何が書いてあるか判読するのに眼を細めて見たりすると、カードを使う目的は全部無効になります。

ストーリーはあなたの心にあるのであって、カードにあるのではありません。カードにある4つか5つの言葉が、あなたの心から2,3分の話を引き出すはずです。それから、文字は大きく書いて、見て読むのに苦労しないようにし、一枚にたくさん書かないこと。

カードのもう一つのいい使い方は、統計資料として、あるいは正確に表現したい直接引用文があるときです。それらは正確に書きとめておいて、読んで構いません。聴衆は、これは重要なポイントなので、あなたが正確に示そうとしたと理解するでしょう。

それからもしお望みなら、友達の前で全演題を練習してもいいでしょう。でも過度の指導であなたが混乱することがないように。役に立つフィードバックは、うまくできたことから始めます。それから、改善すべき点については二つだけにとどめます。一つは内容について、もう一つはテクニックについてです。だめなところをなくそうとあまり考えすぎると、あなたの心の中の真実からそれてしまいかねないので、過度の指導は、何もしないよりもむしろいい結果にはなりません。

3. 助けになること、害になること

視覚機器は、ほとんどの人にとって、二つの感覚を使うと物事を記憶するのに助けになるので、役に立ちます。でも往々にして話し手は使い方が下手です。それでは害になるだけです。機械を信用してはいけません。

もし機械が完全に駄目になったらどうするのかを、常に知っておくこと。

オーバーヘッドプロジェクターを使うなら、予備の電球と長めの延長コードを持ってくること。VCRを使うなら、動くことと、始めたい箇所でスタートできるかの確認のために、事前に映してみること。聴衆に早送りや、巻き戻しを見られないように、また再生ボタンを探すのを手伝ってもらうなどということがないように。

パワーポイントを使うなら、どう動かすのかわかっていると確信を持つこと。スピーチの日の前に自分の手で練習しておくこと。さもなければ、以前実際にやったことがある人を連れて行くこと。コンピューターを知っているからパワーポイントなんて簡単だと思っている人は駄目です。

よくある間違いは、スライドに多く盛り込みすぎることです。聴衆はあなたの話を聴くのか、スクリーンを観るのかわからなくなります。新聞の見出しより複雑なことは、スクリーンにのせるべきではありません。

統計や関係性や傾向を説明するのに図を使うときは、まずそのひとつひとつの要素を、それから図の全体が意味することを説明してください。ほとんどの人は、初めてグラフを見るときは説明が欲しいのです。それにそれを完全に理解するために時間も必要でしょう。

パワーポイントは、とても沢山の視覚装置で話し手を誘惑します。スライドがどう変わっていくかに注目してしまって、何を言っているのかということから注意がそれてしまうのです。はっきりとメッセージを補強しないと、画面とメッセージが競合してしまいます。違う色や、文字のサイズや、スライドの変え方で、うまく主題が変わることを強調しましょう。理由のない変化は混乱のもとです。

オーバーヘッドやパワーポイントを使うときは、参加者用のコピーを作っておきましょう。最後に資料を配りますと言っておけば、あなたが話している最中に参加者が書き取ろうとすることはなくなります。でも配るのは最後にします。さもないと、あなたの話を聴くよりそれを読んでしまうでしょうから。

特殊用語は、聴く人に無知を感じさせたり、疎外感をもたせ易いので害があります。内部の人だけがわかる表現が特殊用語です。WRAPも含めて言葉の頭文字、“ピアサポート”も含めて専門家が使う用語、“リカバリー”も含めて、人それぞれにいろいろなことを意味するような言葉は、すべて特殊用語です。特殊用語に入りそうな表現を使うときは、あなたの意味することを理解してもらうために、短い言葉で最初に使うときに説明しましょう。

アイコンタクトは、あなたとグループの人たちの間のバリアを解く役割をします。もしあなたにそれが難しければ、相手の鼻や口元を見るようにしてください。はっきりとした親愛の表情で、親しみのある顔から顔へと眼を移しながらやること。

4. 聴衆の参加、質問、ディスカッション

聴衆の参加は良いことです。質問が出たり、コメントがあったりするときは、彼らは熱中していて、つまりあなたの話をよく聴いているのです。誤解して聴いているとしたら、正すことが出来ます。

時々私は話している最中に、質問やコメントがある人に手をあげてもらいます。またはノートカードを配って、質問やコメントを思いついたときに、忘れないように、書いておいてもらうようにします。最後にちゃんと答えますよと約束します。話の最中にするか最後にするかは、時間の押し具合によります。

質問やコメントが皆にとって重要なら、答える時間を長くとります。個人的なことなら、ざっと答えておいて最後に二人だけで話す時間をとります。

コメントするのを最後まで待ってもらうと、とても長い沈黙の時間が続くことがあります。居心地悪く感じる話題を聞かされたばかりで、ためらっていることもあるでしょう。あなたを困惑させたり、あなたの感情を害したりしたくないのかもしれません。あなたの話に感動して、言葉がみつからないのかもしれません。

待つことです。最初の人が話すと他の人も話しやすくなります。

時々、私は質問をして沈黙を破ります。“精神的な病気があってもなくても、誰もが暗い日々を過ごします。そういう時は何があなたの助けになりますか?”エクササイズ、祈りや瞑想、友人や家族の支え、好きなことをすること、背中さすってもらうこと、といった“対処方法”が挙がってきます。そこで、私はこう言います。そういうことは、私たちにとっても助けになることなのですよ、と。そうすると皆話し始め、彼らを”精神的な病気を持つ人“と同じレベルにおくことになります。

人がすぐにのってきて、話を始めるのに簡単な方法は、質問をして、ひと言かふた言の答えを求めることです。“リカバリーと言ったら何を思いつきますか?”答えを復唱したり、褒めたりすることで、私が理解したことと、皆がその答えを聞いたことを確認します。それから黒板かフリップチャートにそれを書きます。どんな答えも論じたり批評したりせず、“いい答えですね。”とか “とてもおもしろい。”などと言って受け止めます。いいリストができると、話を始めるのに使ったりします。

しばしばある質問です。私の親類で、援助なんか要らないという考えで、どれも断ってしまうんですが、どうしたらいいですか?即答としては、“希望を捨てないで。あなたが彼を愛していること、呼べばあなたがいつもそこにいると、彼が知っていることを確めて下さい。遅すぎるということはありません”

でも話しの後で、その人と二人だけで話す時間を必ずとってください。その人は苦痛の中にあり、しばしば怒ったり、当惑したりしています。そのことを誰にも話せず、あなたには判ってもらえると感じているのです。判ってもらうことが彼の望みの全てですが、ファミリーサポートグループを提案してみることは、害にはならず、助けになるかもしれません。NAMI支部の電話番号は持っていって下さい。

私は薬を使っていることは話しますが、何を使っているかは決して言いません。私がうまくやれているからというので、誰かが同じ薬を欲しがるかもしれず、でも必ずうまくいくとは限らないからです。皆それぞれの薬に違う反応をするのです、と伝えます。もし自分の医者が言うことが気に入らなければ、別の医者にセカンドオピニオンを求めればよいのです。私の発言を、薬を使うべき、あるいは使うべきではないと言っているかのように受け取ってほしくありません。

私の経験では(私は、こうやって話を始めます)、薬を使うのは気が進まない理由というのが、よかれあしかれあるものです。副作用はいい理由になりますが、もし副作用が不快なら、試してみるべき他の何かが必ずあるのです。対処方法を使うことで、私は必要とする薬の量を減らすことができ、副作用も減りました。対処方法を使って、完全に薬を止めた人も数人知っていますが、また一方で、それをやろうとしてとても具合が悪くなった人も知っています。

悪い理由というのは、薬は習慣性があるということ(そではないのですが、時に徐々に止めなければならないことはあります)、また、AAは薬を使うべきでないと言っている、ということです。AAでは実際には、必要なら薬は使うべきと言っているのです。しかしAAの人たちの中には、精神薬を使うのは、意識に影響を与える薬物に依存することになると主張します。それは全くの汚名であって、AAのポリシーに反しています。糖尿病にインシュリンを使っている人にそんなことは言わないでしょう。

時々、精神的な病気は全て脳の化学物質によるもので、それ以外の何物でもないと考えている人から質問を受けます。あるいは、脳の化学物質という考えは全く間違っていて、精神病は化学とは関係ないという人からの質問もあります。

私の経験からすると、両方ともまちがっています、と言います。薬は病気になることを止めてくれましたが、私は自分で元気にならなければなりませんでした(リカバリーや生活スタイル関連で)。私の知る何人かの人は、簡単にちょうど良い薬を見つけて元気になっています。私の知る多くのトラウマの犠牲者は、深刻な精神病と思える症状や行動を示しますが、脳の化学物質とは何の関係もありません。私は、私が自分のエキスパートであると、いまだ主張しているにすぎません。

ほとんどの精神保健の専門家は、あなたが彼らに対してそうであるように、あなたに対してオープンであるか敵対的であるかでしょう。あなたの考えを聴きたいからと、誰かがあなたを招いたとしましょう。何人かの専門家は、あなたが、“あなたたちのすることは何でも間違いで、自分はそれを正しくやる方法を知っています。”と言うのを待っています。それを聞くや否や、彼らは傾聴するのを止めてしまいます。あなたを助けてくれた専門家のことを話してください。彼らはそれでいい気持ちがします。いったん警戒心を解けば、あなたを助けてくれなかったり、大切にしてくれなかったり、悪くさせたかもしれない専門家のことを話すことができ、彼らのサービスの利用者に対してそういうことをしないですむ方法を伝えられるでしょう。

特に専門家と一緒のときに避けるべき落とし穴が一つ。それはあなたの経験から離れて、“根拠”をもって防衛することの出来ない、一般的な意見として話しをすることです。“根拠”とは、専門誌に発表された20人についての研究のことです。あなたが知っている20人の話は、“逸話”であって根拠ではありません。“私は” 、“私に”、あるいは“私の経験では”、というように主張はすべきです。それらについては誰も議論できませんから。

最後に、いつも私は話し始める時と終える時には、話す機会を与えてくれたことを感謝しますと言うことにしています。彼らはあなたの話をちゃんと聴いてくれました。ただ来るようにと言われたからだとしても、礼儀正しく聴いてくれました。ですから彼らに感謝しましょう。

5. 聴衆の評価と自己評価

もし、たった一人の人にでもあなたのメッセージが届いたとしたら、成功だとあなたは前もって決めていたので、一番大切な評価は、話の後であなたのところにやって来る人たちです。もし、質問するためとか、何か賛成しかねてやって来るとしても、その人たちひとりひとりに話は届いているのです。彼らは個人的に反応するほどに、あなたが言ったことについて十分に考えたのです。

あなたが話し終えたときにいい気分になれたら、きっとよかったはずです。でも、もしいい気持ちになれないか、確信が持てないとしたら、たいていの場合、それはあなたが自分に厳しすぎるということです。友達を連れて行ったのは、そのためです。私は、自分が話さなかった事柄について、いつも後悔します。でも、聴衆は私が話したことだけを知っているのです。それが重要なことです。

 “よかったか、悪かったか”は自分が勝者か敗者かと訊くようなことです。あなたは全てに打ち勝ち、会場にやって来て、やり遂げたのです。そのことがあなたを勝者にしています。あなたのリカバリーの旅の中での他のあらゆることと同様に敗北はなく、あるのは学ぶ機会だけなのです。学びに役立つ質問は、何がうまくいって、何がうまく行かなかったかということです。そのことが、あなたに次の機会への準備をスタートさせるのです。

もし、友達や聴衆があなたの話し方の問題点を指摘したら、あなたは次の機会にそれについて考えるでしょう。次の機会に避けるべき大きな問題は、声が大きすぎる、小さすぎる、長くしゃべりすぎることのいずれかです。その他の批評は意見のたぐいであまり重要ではありません。

多くのグループで、聴衆に評価用紙に記入してもらうことを求めます。通常5段階で答える2,3の質問があって、それからコメントを求める2,3の質問がついています。

これらを読むのは大切ですが、読みすぎないことも同様に大切です。もし、誰かが座って評価用紙をみてじっくり考えていたら、注意深くそれを読んで見てください。でも大抵の人は、その用紙にちょっとの時間しか割きませんし、考えません。だからあなたも、そうするべきです。

書かれているコメントは、書くのに少しは努力するので、5段階の答えの表よりは大切です。次の機会に検討すべきことがらか、単に一人の意見なのかを判断してください。評価がすべて5(素晴らしい)で、4(良い)がひとつあったら、それは4の評価に何か意味があるかもしれないということです。同じことが、すべて4で5がひとつだけの場合にも言えます。すべて1か2だったら、あなたはすべての人を喜ばせることができないし、そうしようとすべきでないし、それについて心配する必要すらないという意味です。(そういうことは殆どと言って良いくらい起こりません。)

一般的に、ポジティブな反応についてもっと考えることです。それはあなたがいい気分になるためではなく、あなたが一度に取り組めるのは、実際のところ、一つか二つのことだけだからです。最も大切なことに取り組むようにしてください。

あなたが二度目に話を終えるころには、話すことがあなたの苦しみに値するものかどうかが、判ってくるでしょう。私の経験では、二度、話をした後は、自分がとてもうまくて、強力であることを知って、話すことがリカバリーのプログラムの一部になってきます。大勢の人たちが自分の本当の姿を知り、聴衆の人々は、恩返しをし、人々を助けようとしている、勇敢な戦士を目の当たりにしているのです。犠牲者を見ているのではありません。初めて話をする時にこわがっていた人たちにとっても、それは同じことなのです。

そのあとは、もっと楽になり、そしてもっとやりがいが出てくるというわけです。

(ケン・ブライトマン氏 MA は1959年、11歳のとき、初めて教会の集会で話をして以来、人々の前で講演を続けています。8年間、自らのリカバリーのストーリーを伝え続け、現在は当事者・生存者に話すことについて教えています。講演や指導の依頼については、コープランドセンターに連絡して下さい。) 

 

 

 

Mary Ellen Copeland, PhD   PO Box 301,  West Dummerston, VT 05357
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